おばさん社労士の発信基地 きぼうという名の事務所です。

開業してからまる11年「発信する社労士」を目指して「独立独歩」「自主自立」の活動をつづるブログです。

震災から7年雑感

 最近、忙しさにかまけて新聞もあまり読んでいないのですが、福島県の話がよく出ているなと思い、そうか、東日本大震災のあった3月11日が近いからかと思い至りました。
あれから7年か、私は、直接被害を受けたわけではありませんので、被災した方に比べて、あれこれ書くのもおこがましいこととは思いますが、「7年」という歳月の重みを感じてやはり感慨があります。
スーパーの棚が空っぽで食料品がなくなったことや、計画停電で1日のうち必ず停電する時間があったこと、節電のため街が暗くなり、駅のエスカレーターが止まったこと、ガソリンが買えなくなり、しばらく車に乗るのをあきらめたことなど、もちろん、原発が爆発する映像を見て驚愕したこと、もしかして西日本に逃げなくてはいけないのだろうかと思ったことなど、いろいろ思い出すことはあります。

 ブログを続けているおかげで、当時の過去記事を見てさらにいろいろ思い出すことができます。
当時の記事を読み返してみると、初期の混乱は2週間ぐらいでどうにか収束しつつあったらしいことがうかがえます。
3月末には、計画停電はそのままだけれど、車にも乗れるようになり、スーパーの棚に少ないながらも食料品が並ぶようになったことなどが書かれています。
社労士として得た情報をお伝えしようと記事を書いていたことも思い出しました。
ある記事の中で原発事故を受けて、地震がくるたびに怖い思いをしないようにクリーンで安全なエネルギーを使う国になるかのターニングポイントになると書いていました。
しかし、7年たった今、それが実現できたとは到底言えません。政府は原発の再稼働をしようとしているし、あわよくば輸出までしようとしています。
何故なんだろう。「エネルギー革命」を起こし、新しい産業を起こす大きなチャンスだったのに、それを逸してしまったかのように見えます。
残念だなーと思います。

私は、スーパーから物が消えてもしばらくは大丈夫なように、米、味噌、醤油、塩、その他洗剤トイレットペーパーなどの日常雑貨品は必ずストックを用意するようになりました。
枕元には常に懐中電灯と昔子供たちの学校に行くときに使っていた上履きを置いて寝ます。
地震でガラスが割れたりした場合、自分の家でも裸足では歩けないと聞いたからです。
近い将来に大地震がまた来るらしいのですが、それがいつだかはわかりませんが、できる備えはしておこうと思うようになったことが震災で学習できたことでしょうか。
3月11日は、今年はちょうど日曜日なのですね。多分、仕事に追われていると思いますが、自然の脅威の前に無力な自分を思い起こして謙虚になって過ごしたいと思います。


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