おばさん社労士の発信基地 きぼうという名の事務所です。

開業してからまる11年「発信する社労士」を目指して「独立独歩」「自主自立」の活動をつづるブログです。

教育の格差を容認する?

 あちこちの省庁で、ないと言っていた文書が出てきたり、「はい、どうぞ見てください」と出してきた文書が実は大きく改ざんされていたり、なんなんだろうねー、もしかして、昔からこういうことは行われていて、明るみにでてきたのだから、ましになったと考えるべきかもなんて思ってしまう今日この頃・・・。気になるニュースが昨日の朝日新聞にありました。
朝日新聞が大手教育関連企業と共同で実施した「学校教育に対する保護者の意識調査」で、教育格差について「当然だ」、「やむをえない」と答えた人が62.3%になったという記事です。
一方、「問題だ」とした人は34.3%です。
今回4回目だそうですが、前者はじわじわ増え続け、後者は少しずつ減っています。
私だったら、迷わず「問題だ」とすると思うのですが、そうではない人はどのような考えでそう思うのだろうか。「自己責任論とかがいけない。あきらめもあるのかもね」と身近にいてこういう話が簡単にできる相方(夫)は言います。
識者の意見でも、「子どもの貧困がメディアで言われ、皮肉にもやむをえないと思うようになったのかもしれない」と記事にありました。

ちょっと前の同新聞のコラムに、フランスでは義務教育開始年齢を6歳から3歳に引き下げることになったとありました。
幼児期の教育格差をなくすためということで、やはり、幼児期にどのうよな教育を受けるかでその後に影響があるとする考え方のようです。義務教育としてしまえば、すべての子供のスタートを同時にできる、フェアにやろうとする考え方なのでしょう。
 日本でも、競争するためには機会か平等に開かれていなければいけないとする考え方が理想とされてきたのではないかと思います。
特に、戦後の民主主義社会ではそうだったのではないでしょうか。
自由資本主義経済社会で、貧富の差がでるのは仕方がないですが、貧困のために選択肢がせばめられ、学びたいと思っても学べない、学べないがために貧困から抜け出せない人がいるとしたら、それは社会全体の問題と考えて、是正しなければいけないとする考え方が多数派ではないのかと思っていた私は、ちょっとしたショックを受けました。

現実にはなかなかそれは難しいとしても、そのような「理想」はもっておかないと、どんどん悪い方向に行ってしまうのではないかと思うからです。
難しい問題がいろいろあるとしても、進むべき道筋は「教育の機会均等」にベクトルを向けておかないと、と思う人たちが現役の子育て世代でなんと少数派なのです。
前述の識者は、格差を問題と考える層が3人に1人いることに一縷の望みがあると語っていました。うーん。そうなのかなー。
いつの間にか、私の考え方って世の中と合わなくなってるのかもと感じるのでした。

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