おばさん社労士の発信基地 きぼうという名の事務所です。

開業してからまる11年「発信する社労士」を目指して「独立独歩」「自主自立」の活動をつづるブログです。

Sさんの思い出

 今朝、テレビをつけたら大阪で震度6弱の地震があったとのニュースが飛び込んできました。
私は、東日本大震災で震度5弱を経験しましたが、かなり怖かったです。事務所も自宅も物が壊れたり倒れたりという被害はありませんでしたが、揺れ方は今まで経験したこのないような大きな揺れで、たまたまスーパーの駐車場にいましたが、歩くことができず、その場にじっとしていました。うずくまってしまう人もいました。
それよりさらにすごい揺れということですから、大変だと思いました。交通機関のマヒ、停電など、混乱が続きそうですが、被害が最小限ですみますようにと祈るばかりです。
さて、今日は私の所属する支部の先輩会員ですが、先週訃報があり昨日お通夜に参列したSさんの思い出を書いておきたいと思います。

 Sさんは、平成元年に社労士登録をされたそうで、今年30年目の大ベテランです。といっても、まだまだお若い59歳、今年還暦を迎える予定だったので早過ぎる旅立ちでした。
私が12年前に入会したころ、この業界のことも仕事についても何もわからなかったので、いろいろ知りたいと思い、支部の懇親会などに参加して、二次会、三次会と日付が変わるまで飲んだりしたことが何度もありましたが、Sさんはいつも最後まで残る複数メンバーのうちの一人でした。
私も、最近は体力の衰えを感じているので、そんなむちゃな飲み方はしなくなりましたが、当時は今思うと元気だったんだななんて思います。

あるときは、小さなビルの二階にある居酒屋からの帰り、階段を降りるときに私がちょっとよろけて転びそうになったとき、一段下にいたSさんががしっと私の腕をつかんでくれて、事なきを得たこともありました。
また、あるときは、珍しく酔っぱらって足元がおぼつかない私(そんなことめったにないんですよ)といっしょに深夜の住宅街を15分ほど歩いて、自宅まで送ってくれたこともありました。
私の自宅マンションの玄関前に来ると「もう、大丈夫だよね。じゃーね」と、ご自分の自宅まで徒歩で多分30分ぐらいはかかると思うのですが、元気に歩いて帰って行かれました。
後から思うと、なんで、私はタクシーに乗らなかったんだろうと思うのですが、酔っぱらうってそういうことなんですよね。頭の中に選択肢がなくなるんです。
Sさんは、県の社労士会で開催される支部対抗のソフトボール大会やボウリング大会で大活躍する「スター」でスポーツマンでしたから、歩くことなんてへっちゃらだったのかもしれません。そんなSさんが、病を得てご快癒もかなわず、ご逝去されたことは、ご本人もご家族様もどんなにかご無念だったろうかと思います。
私も、ただただ残念です。

Sさんは、私の所属する社労士会の研究会に、私より後の平成21年ごろだったと思いますが、入会されました。
埼玉県の社労士会公認の研究会は15部会ありますが、開業20年以上のベテラン会員が新規入会することは珍しいことです。だいたい、実務を勉強しようと、開業3年以内ぐらいで入会することが多いのです。Sさんは、パソコン関連の知識が豊富でそのスキルを活かして給料計算や手続き業務を得意とされていましたが、特定社労士になるための研修を受けて労働法をもっと勉強しないといけないと思い、入会したとおっしゃっていました。

酒席ではいつも明るく笑顔でしたが、少数の気の合う人だけになった時には、しんみりと悲しかったこと、辛かったこと、悔しかったことなどを話してくれることもありました。
人生の山あり谷ありを乗り越えて、強い独立心と気概をもって仕事に取り組んでいた人だと思います。
通夜の会場にあったメモリアルフォトの中で、小さなお二人のお子さんを抱っこして微笑んでいる若き日の姿が幸せそうで印象的でした。
Sさん、楽しい時間をくださったこと本当に感謝しています。私は、焼酎は飲まないんだけれど、そっちの世界に行ったら、Sさんの好きな「黒霧島」とやらをお相伴しますから、しばしお待ちください。



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